チーズ・その伝統と背景 |
『食の科学』(光琳)
2002年4月号“書評”コーナーに掲載 |
ヨーロッパの各地に根づいている多様なチーズの生産地を訪れて得た現場の技術・技能・知識をまとめた「チーズ紀行誌」とも呼べる書物です。日本ではチーズは伝来食品なので大部分がプロセスチーズですが、ヨーロッパでは各地域の風土の中で育ってきた伝統食品ですから個性豊かなナチュラルチーズです。しかし日本でも今後は各地でナチュラルチーズが工夫されるでしょうから、この書物は時宜を得た好著と思われます。また広く食文化に関心を持つ人たちにとっても楽しい書物といえます。
第1章「フレッシュ・チーズ」ではカテージチーズなどを扱っていますが、最初にチーズ世界の広がりを述べています。
“チーズの世界は多彩である。硬軟さまざま、乳を固めて水をきって即座に食べるチーズもあれば、三年以上の貯蔵期間をおいてようやく完熟というチーズもある。原料乳もウシ乳、ヤギ乳、ヒツジ乳、スイギュウ乳、ヤク乳などいろいろである。産地の気候、風土の違いもばかにならない。チーズの多様性をみちびいている要素は、他にも、製造技術の細目の違いとか発酵、熟成に関与する微生物の違いなど万般にわたっている”
第2章「軟らかめの、表皮が白カビのチーズ」ではカマンベールチーズの仲間が扱われます。次の第3章「軟らかめの、表皮を洗うチーズ」では、食塩水でチーズ表面を繰り返し洗う「臭みがひどい」とされているチーズが扱われていますが、これは日本ではあまりナジミがないようです。
第4章「半硬質チーズ」では水分が五〇%前後の、ゴウダ、エダムチーズなどの仲間が、
第5章「硬質チーズ」では水分四〇%以下の、エンメンタル、チェダーチーズの仲間が、
第5章「超硬質チーズ」では水分が三〇%以下ぐらいのイタリアのパルミジャーノ・レッジャーノ(パルメザンチーズ)の仲間が扱われています。
第7章「ブルー・チーズ」ではロックフォール、ゴルゴンゾラ、スティルトンチーズなどの青緑色になる青カビを利用するチーズが扱われます。ロックフォールチーズはチーズ界の名士です。フランス南部で
“……十八世紀までは……石灰岩大地の荒れ野に拠ってヒツジ乳酪農をいとなんでいる農家の手になる自家製生チーズに全面依存していた”
そのため品不足で、十九世紀以降は次々と周辺に広がり、
“「ロックフォール」生チーズは今日では、先進技術の粋をあつめたかのような大工場の製造による分が大勢となっている”
しかし手工業生産も健在のようです。世界のどこでもこのような二極分化は避けられないことなのでしょう。
第7章「ヤギ乳のチーズ」ではヤギの特徴にふれています。著者はヨーロッパ各地の林道や山道をドライブしている時
“思いがけない場面で、散発的に、しかも頻繁に「ヤギ乳チーズ売ります」の看板”
に出会います。それで
“「ワインができない。畑作ができない、乳ウシどころか乳ヒツジの放牧もできない、牧草の類もまともには育たない荒蕪地、谷地、急峻の地に適応しうる家畜としてヤギは重用されているのだ」と気付いたのも……否応なしに認識されたがゆえの結論なのであった”
著者は雪印乳業に勤務しチーズ生産を指導した技術者ですが、十数年前に退職してから八〇歳の今日まで個人で何回も何回も実地見聞した結晶が本書です。このような真摯な技術者、研究者とその技術を今後も生かせる日本社会であって欲しいと願っています。
(評者:田村真八郎(農林漁業金融公庫・技術参与) |