選手が育つポジティブ・コーチング
『体育の科学』(杏林書院)
Vol.52-No.4(2002年4月発行)P.318“書評”コーナーに掲載

 読み終わって、表紙の帯にある、有森選手と高橋選手を育てた小出義雄監督の短い推薦文「ほめて育てる指導法の正しさが、この本を読むとわかるね」を再度読んでみて、この一言でこの本の書評は終わりだなと思った。小出発言は、マスコミを通してたくさん聞いているので、その言動から彼の指導理念や指導法は、勝手に、しかしある程度は正確に把握できていると思っているが、そのイメージとこの帯の言葉は、本書の性格を正確に表現している。
本書は5部構成で、その第1部「コーチ」で、筆者は、コーチの現状を告発している。ただし、やさしい言葉で。
筆者によると、スポーツは「若者が自分の潜在能力を開花させるのを手伝ういろいろな道具の1つ」であり、コーチは「スポーツ場面と日常場面の両方において選手たちが、スポーツの本質をとれるように勧めることができる」存在である。筆者は、コーチングの目的が選手の全人的発達であることを前提に話を進め、コーチが選手と平等な立場に立って民主的に話し合いながら、選手の能力を引き出していくことの重要性を指摘している。タイトルナインをはじめとした平等主義がスポーツ界にも浸透し、これまでの権威主義的な指導が選手に受け入れられなくなったことがその背景にあるようだ。
アメリカでもこれまでは権威主義的な対応をするコーチが多かったという記述は、日本スポーツ界の権威主義的な土壌も改革可能なのだという希望を与えてくれる。民主的な対話を通して部の雰囲気を変え、選手のやる気を引き出し、能力を最大限に発揮させるために、コーチは、専門的技能の他に、人間的な技能と包括的な能力を持って「能力引き出し型」のコーチにならなければならない、というのが第1部の要約であり、この本全体を貫いている著者の哲学である。
第2部では選手の自主性を重んじることの重要性を説き、第3部では選手へのコーチの対処法を、第4部では問題行動を起こす選手への対処法を、やさしく解説している。そして、第5部が「総まとめ」で、付録として、選手への対応力を高めるための訓練ドリルが紹介されている。
各章に、指導実践例や自己診断テストを紹介したコラム、質疑応答、および、まとめ、が配置されていて、青少年対象の部活コーチ(想定されている読者)が自分の立場に引きつけて考えられるように工夫されている。ボランティアが建前の日本の制度ではそうはできないだろうと思われる部分もないことはないが、現役のコーチが選手への接し方を反省するためには非常に有益な本であると思われる。もちろん、体育教師が自分の授業態度を反省的にふりかえるためにも有益である。
紹介されている自己診断テストの多くが、ストレスマネジメントやリーダーシップ関係のものであることも本書の特徴である。個々人に自己目標を持たせて自主的に学習する姿勢を持たせようという発想は、企業運営と共通するこれからのリーダーに要求される資質である。悪くいえば人的管理のテクニックとも言えるが、このテクニックを持つことをポジティブにとらえることにしよう。それこそ、ポジティブ・コーチングである。
しかし、本書に100%満足というわけではない。欄外の箴言は少々うるさく感じられるし、付録のドリルの使い方に不明な点もある。コーチ自身のための診断ドリルと、想定されている青少年選手に課すべきドリルが何の説明もなく同列で紹介されている点が気になった。また、上で引用したところにある「本質をとれるように勧める」というような直訳的表現が多少気にかかった。
しかしながら、現役の体育教師やコーチはもとより、「体育の実践」に関心ある研究者にとっても、読んでおいて損がない本であろう。この本に目を付けた監訳者の慧眼に敬意を表したい。

(麓 信義 (弘前大学教育学部))


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