軟体動物学概説 下巻 |
『生物の科学 遺伝』 (裳華房)
Vol.54-No.5 (2000年 5月号)「生物ライブラリー」P74に掲載 |
最近まで日本で軟体動物関係の出版物といえば夥しい数の「貝殻図鑑」が大部分を占めていた。しかし、図鑑は生物の外形から名前をつけるためのものであり、動物体の内部がどのような構造から成り立ち、それらが個々にどのような働きをもち、生態とどのように関係しているかを知るには用をなさない。21世紀の直前まで日本に軟体動物生物学の全体像を説明する専門書がなかったことは驚くべき事実である。
しかし、本書の出版により軟体動物学の基礎を日本語で学習できる環境が整えられた。『軟体動物学概説上巻・下巻』は、分類群別に書かれた中山書店の『動物系統分類学第5巻軟体動物1.・2.』とあわせて、国内における軟体動物関係の二大教科書の一つとして位置づけられ、きわめて独自性の高い出版物であるという評価に値する。
本書の内容は発生、初期生活史、成長と年齢、摂餌と消化、呼吸と循環、排出、運動、神経系と感覚器、内分泌、分布と生物地理、生態、有用・有害種、研究法の13章からなる。本書の特色は、軟体動物を器官系別・現象別に概観し比較する観点から書かれ、子細で複雑な分類体系にはとらわれない総説から構成されていることである。また、採集・研究法・有用種に関する説明があることも研究を行ううえで実際的な価値が高く参考になる。どの章も図が適切に引用されており、読者の理解を助けている。
一方で、章ごとの情報量にはばらつきがあり、最新知見がふんだんに盛り込まれた部分から、過去の海外の教科書を抄録した形で終わってしまっている部分までさまざまである。しかし、これは国内に本当の専門家が存在する分野としない分野があるため仕方のないことであり、良くも悪くも日本の軟体動物学の現状を表している。また、一部の章は解剖図の出典が明らかではなく、さらに詳細を調べたい読者への配慮がほしい所である。
しかし、分類群別ではなく分野別に軟体動物の生物学を概観できる教科書は本書をおいて他にはない。軟体動物を扱う研究者はもちろんのこと、他分野の研究者も本書を通じて軟体動物に関して理解を深めることができれば有意義である。
佐々木猛智、東京大学 総合研究博物館) |